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今日の良かったこと

思いついたことを思いついたままに綴っていきます。タイトルに意味はありません。

母性と父性について考えてみた

考察 子供のこと

↑希望通り、更新です。



こんにちは。


こちらの記事を読みました。

母性は妊娠・出産からではなく、子どもと付き添う時間によって生まれる - poco blog

それで、母性と父性について、私なりの考察をば。

(ただ母性とは、父性とはなんぞや? と、言われると、そこはまた悩むところではあるのですが・・・)


我が家の場合、長男が生まれて少ししてから、いろいろ事情があって旦那さんが1年くらい無職になりました。

当時、私は専業主婦でした。

長男が7ヶ月〜1歳9ヶ月くらいの間かな。

旦那さんだけで出かけることもあったり、在宅で仕事したりもしてましたが、基本的にどちらも家にいる生活でした。


でも、だからと言って旦那さんに母性がうまれたかと言われると・・・。

自分そっくりな息子を溺愛してはいますが、やはりそこは母親のそれとは違う感じがしたなぁ。

よく、それで衝突もしましたし。


そこで、母性とか父性の差が何を起因にして生まれるかって考えた時に、子供と接する時間云々よりも、家庭における役割が影響するのでは、と思い至りました。

昔で言えば、男は狩りに出て食料を調達し、女は洞窟で家庭を守る、というアレです。


子供のために狩りにでる=父性

家庭に残り子供を守る=母性


現代でいえば、

子供のために狩りに出て=お金を稼ぐ

家庭に残り子供を守る=家事、育児をする


先日、どなたかのブログで家庭における父と母の(子供に無償の愛をそそぐ母、厳格な父、といった風な)役割のラインが曖昧になっている、っていう記事を読んだのですが(ごめんなさい、出典を失念しました)、それも現代の共働き環境が影響してるのではないかと。


父母共にお金を稼ぎ、父母共に家事育児に勤しむ。

自然、子供への感情だったり、接し方だったりも、変わってきてるのかな。


で、我が家の場合ですが。

旦那さんが無職の間も、私は働いていたわけではないので、依然としてお金を稼ぐ役割というのは、旦那さんにありました。

もちろん、家にいるので、家事育児をすることはありましたが、決して主体的に行うことはありませんでした。


共働きになってからも、家事育児のほとんどは私がやっているので、役割自体は変わりません。

旦那さんがやってる家事育児は、朝のゴミ出しと、長男を保育園に連れて行くことくらいです。

子供の体調不良の時も、旦那さんが休むということはありません。

あくまでも、家庭での旦那さんの役割は、お金を稼いでくることです。

(土日は子供達とよく遊んでくれますし、料理もしたりしますが)


だからか、旦那さんから母性を感じることはないのですが、私自身が母性を醸し出せてるかというと、それも疑問なんですけどね。

旦那さん=父性のカタマリ(?)である以上、私がもっと母性をもって、菩薩のように子供達に接さないと・・・(違)

だからと言って、私が仕事を辞めて専業主婦になれば、母性をもって、愛情たっぷり、穏やかな愛をそそげるかというとそれもギモンなので、それが全てではないとは思いますが。


結局は、個人の資質とか、環境とか、いろんなことに起因されるのかな、と思います。

ただ、もし、そうした父性や母性の、家庭でのどちらが稼いでくるか、などの役割が影響してくるのだとすると、共働きが主流になりつつある今、家庭において母性と父性のバランスを保つ努力は、父母の間で必要になってくるのかな、と思います。

どちらか一方に偏るのは、バランスがよくないような気がします。


どちらも厳格であれば子供の逃げ場がなくなるし、どちらも優し過ぎてぬるま湯になってしまっては躾の面などで悪影響が出そうだし。

家庭が小さな社会として機能するためには、やはりバランスかと。


結論として、私には母性が足りてない気がする。


・・・まぁ、じゃあ母性とはなんぞや?と聞かれると、ハッキリとは答えられないんですけどね・・・。

それについては、またじっくり考えていきたいと思います。


なんだかごちゃごちゃしちゃいましたが、今日はこの辺で。


それでは。


↑いつからそうなったんだろう・・・。