夏がくーれば思い出す〜♪
— りょう (@ogataryo) 2014, 8月 15
↑ってことで。
こんばんは。
先日、長男と歩いている時に、道に干からびたナスとキュウリが転がっていました。
ナスとキュウリには割り箸が刺さっていて、ビビりで虫嫌いの長男は、大きな虫と勘違いして、盛大にビビっていました。
私は年長児の長男にどう説明したものかと悩んで、
「お盆には死んだ人の霊が帰ってくるんだけど、キュウリの馬に乗って急いで帰ってきて、戻る時はナスの牛に乗ってゆっくり戻って行くんだよ」
とだけ伝えました。
長男は、わかったのかわからないのか「ふーん」とだけ言って、特に追求はしてきませんでした。
お盆にナスとキュウリのお供え物を見るのは久しぶりでした。
私が幼少の頃は福島に住んでいて、両親の実家は共に東京でした。
盆と正月には東京の両親の実家に、数日ずつお泊まりするのが決まりでした。
父の実家では、お盆になると迎え火をたき、前述のキュウリとナスのお供えをして、お坊さんがお経をあげにきました。
お盆らしいお盆の記憶は、ほとんど父の実家での記憶です。
私が高校を卒業し、実家を出てから、父の実家にはなかなか足を運ばなくなったと記憶してます。
一つには、祖父が入院したことも要因だったかもしれません。
病院へのお見舞いは、何回か行った記憶があります。
前に記事にしたとおり、私は母の連れ子で、父方の祖父母とは血のつながりがありませんが、どちらにもとても可愛がってもらってました。
(参照:家族のカタチ - 今日の良かったこと)
もう、その祖父母もいないのだけど。
今は、伯父夫婦がその慣習を引き継いでやっているのだろうか?
その辺はよくわからないけれど、続けていてくれたらなぁ、と思います。
また、伯父夫婦には子供がいないので、うちの弟がゆくゆくはお墓を守ることになりそうなんだけど、そうした慣習を引き継いでいけるかな?
そもそも、弟はその慣習を知っているかしら?
歳が離れているので、覚えていないと言われてしまえばそれまでですが。
明日、私の実家に帰るので、それとなく思い出ばなしでもしてみようかな。
最近、お盆ということで、故人となったお父様の思い出を語るエントリーを幾つか読みました。
育ての父は健在だけど、血のつながりのある父の所在はわからない。
そもそも、顔も知らない。
普段は全然意識してないし、思い出すこともないんだけど、それでも、「父」の話題は、少しだけ私の心を揺らすものがあります。
私の顔は、全く記憶のない父に似てるのだろうか・・・。
お盆ということで、父の実家の記憶から派生して、取り止めのないことを思い出しました。
父方の祖父母のお墓は少し遠いので、なかなか足が遠のいているけど、祖父の命日である冬頃には、お墓参りに行けるといいな。
お盆といえば、キュウリの馬にナスの牛。
迎え火と送り火。
お坊さん。
そういえば、花火もやったなぁ。
今日は旦那さんの実家に弟家族もやってきて、一族で賑やかに過ごしました。
みんなで花火もやりました。
二人の子供達のお盆の記憶として、楽しい思い出が残ってくれたらいいな、と、思います。
それでは。