読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

今日の良かったこと

思いついたことを思いついたままに綴っていきます。タイトルに意味はありません。

感じたことをつらつらと

↑昨日の記事のこと。猛省。


こんばんは、りょうです。


普段、みんな、どうやってモノを考えてるんだろう?

文章だったり、映像だったり、画像だったり、音声だったりするんだろうか?


私はたぶん、圧倒的に文章でモノを考えることが多い。

特にブログを始めてからは、ブログに書くような感じで、何事も文章の形で受け止めている気がする。

それをその場でパパッと記事にできてしまえば、ネタに困ることもないのになぁ。


ツイキャスを始めてからは、ツイキャスをしてるテイで考えることも増えた。

脳内一人ツイキャスごっことでも言おうか。


しかし、いざブログを書こう、ツイキャスをしようとiPhoneを目の前にすると、頭の中が真っ白になってしまうのだ。

原因は緊張なのかもしれないし、ただ単にその時考えていたことをキレイさっぱり忘れてしまっているからかもしれないし、やはり、不特定多数に発信できるかどうかの精査を無意識のうちにやっているからかもしれない。

脳内でやっている分には、どんなに反社会的なことを考えていようが、エロいことを考えていようが、ヒトデナシなことを考えていようが、それは私の自由だけど、一度世の中に出してしまったら、それは自分の脳内だけのことではすまない。

匿名であったとしても、やはり発信したからには、責任が伴う。


私は、責任をとるのが嫌いなのだ。

常にどうしたら責任を回避できるかを考えている、卑小な人間なのである。

こうして自分を貶めて書いているのも、そこに免罪符を求めているから。

保守的といえば聞こえはいいけど、やっぱりそれだけではつまらない。


せっかくこうして何かを発信する場所を得ているのだから、たまにはこっぱずかしいことや、ちょっと過激なことや、一言物申す的なことをしてみたらいいのに。

脳内は、常にそんなことでいっぱいなんだ。

少しずつでも、出していけたらいいのに。

そしたら、ネタ切れに苦しむこともないのになぁ。


ブログなんて、そもそもは個人の脳内の垂れ流しでいいはずで、例えば、今横に寝ている次男の心臓のドキドキ伝わる鼓動のこととか、ちょっと角度がおかしくて全然文字盤が見えない時計のこととか、なんだってネタになり得るはずで。

ただ、そこに少しだけ読み手の存在を意識して、折角ならば少しでも読んで良かったと思ってもらえる文章にしたいと欲がでるから、その欲と自分の表現力との差に悶えたりするわけで。


まずは自分の実力を受け入れて、できる範囲で自分の脳内を世に送り出していこう。

その中で、一人でも何かを感じてくれたら、それでいい。

結局ブログなんて自己満足のための表現の場なのだからさ。


そんなことをツラツラ考えた、11月最後の夜でした。


それでは。


↑昼寝し過ぎた・・・。