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今日の良かったこと

思いついたことを思いついたままに綴っていきます。タイトルに意味はありません。

無意識のうちの差別意識

↑ぽつぽつと語ってみようか・・・。


こんばんは、りょうです。


今日はこの記事に関わるようなことを書こうと思っています。

障害者は「感動ポルノ」として健常者に消費される--難病を患うコメディアンが語った、"本当の障害"とは | ログミー[o_O]

使う言葉や表現などには配慮するつもりですが、不愉快な思いをしそうだなぁ、という方はご遠慮ください。


私は、ボランティア活動とか社会貢献とか奉仕活動とかに積極的に関わっていくつもりは全くないと断言できちゃうほど利己的な人間です。

でも、もしも目の前に困っている人がいて、もしもその時の自分に何かできるこがあれば、どうにかしてあげたいと思っています。

そもそも、この「してあげたい」がすでによくない思考なのかもしれませんが。


先日、電車を降りて、ホームから改札に上がるエスカレーターのところで、駅員さんに誘導されている、50代前後の女性がいました。

女性は、目が不自由な方が持っている赤白の杖(白杖)を持っていたので、「あぁ、目の見えない人なんだな」と思いました。

ちょうど、エスカレーターのところで一緒になったので、ちょっと立ち止まって、先にエスカレーターに乗ってもらいました。

駅員さんは、その女性がエスカレーターに乗る直前で誘導をやめ、女性は一人でエスカレーターに乗りました。


目の前に、目の見えない女性が立っている・・・。

駅員さんいなくなっちゃったけど、大丈夫かな?

無事に改札がわかるのかな?

さっきの駅員さんみたいに、改札まで誘導してあげようかな?

でも、どうやったらいいんだろう?


女性の背後で、そんなことを考えていました。

どうするか迷っている間にエスカレーターは改札階に着き、女性は歩き始めました。

ゆっくりした足取りで、さぐりさぐりな様子ではありますが、改札の方へと歩いて行きます。


ああ、どうしよう?

改札まで、目が見えなくてもわかるような目印がないな・・・。

点字ブロック、あれ、エレベーターの方に伸びてる!

勘違いしないかな?

あぁ、大丈夫なんだろうか・・・。

この駅は、改札の隣にホームに降りる階段があって、もし間違って階段の方に行ってしまったらどうしよう・・・、というのが決め手になって、勇気を振り絞って、女性に声をかけることにしました。

「あの、改札まで、お連れします!」

なるべく驚かせないように気をつけながらそう言って、さっきの駅員さんがやっていたのを思い出しながら、背中に手を添えて、改札前まで誘導しました(思い返してみると、ここで女性がどんな反応をしてたか、よく覚えていない・・・)

あと数歩で自動改札、というところで、

「ありがとう、もう大丈夫です」

と言われ、そこで別れて改札を出ました。


改札を出た後、本当にこれで良かったのか、モンモンと考えてしまいました。

そもそも、改札を出た後だって、目的地まで一人で行かれるわけで、私が余計なことしなくても、ちゃんと改札までたどり着けたはず。

だいたい、改札までの誘導が必要なら、さっきの駅員さんが改札まで誘導してたはず。

誓ってそんなつもりはなかったのだけれども、「障害者だから助けてあげなきゃ」的な気持ちでやったと捉えられてもおかしくない行為だったんじゃないか?

私は、とても余計なことをしてしまったのではないか・・・。


そんな矢先に、冒頭のリンクの記事を読んで、余計に考えてしまいました。

障害のあるなしに関わらず、困っている人は助けたいとは思うけれど、じゃあ、その人が本当に困っているのかどうかって、どうやって判断したらいいんだろう?

みんなが「困っているから助けてください!」って声をあげられる世の中になればいいんだけど、現状としてなかなかそうはいかない。

困ってるんだったら助けたいけど、困ってないなら余計なお世話。

「障害者」が必ず「困っている」わけではない、ということをもう一度きちんと認識しないといけないと思いました。


とはいいながらも、やっぱり障害を持った方は、健常者よりも困る場面も多いだろうし、そういうことに無関心になるのは嫌なんだよなぁ。

この思考が、すでに障害者を見下してるっていわれちゃうと、もう、何もできないし・・・。

うーん、本当に難しい・・・。


せめて、声をかけた時に、「改札までお連れしましょうか?」ってその方の意思を確認すれば良かったのかな。

自分のことで頭がいっぱいで、そこまで気がまわらなかった。

自分の未熟さが恥ずかしい・・・。


今回の教訓としては、「困っているであろう人が、本当に困っているのか見極めてから行動にうつそう」「本当に困ってるのか確認してから手助けしよう」ってことかな。

なんか、当たり前の結論に達してしまったな。


あぁ、そうか。

私は「この人は障害者なんだ」ということにとらわれていて、そこばかりに思考が集中してしまって、無駄に緊張してしまっていたんだな。

無意識のうちの差別と捉えられても、仕方がないのかもしれない。

モヤモヤの理由は、どうやらそこだな・・・。

本当の意味で差別をなくすのであれば、この「障害者なんだ」っていう意識をなくすところからはじめないといけないのかもしれない。

「障害者」とか「健常者」とかにとらわれず、同じ意識で接することが必要なんだな。


うん、ちょっとスッキリした。

当たり前のことを、当たり前にできる人間になりたい。


それでは。


↑声だけでキュンキュンする。