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今日の良かったこと

思いついたことを思いついたままに綴っていきます。タイトルに意味はありません。

どっぷりと浸かりたい

自分語り

↑文庫本一冊に何時間もかかる。


こんばんは、りょうです。

先日も記事でチラッと書いたのですが、今、絶賛読みたい本があるのです。
発売当日に、普段はあまり行きたくても行けない本屋さんに、無理やり時間を作って行って、速攻でゲットしたのです。
しかし、私は今、他の本を読んでいる途中で、どうしてもそちらを中断して別の本を読むことができないのです。
なんのこだわりかと聞かれれば、自分でもよくわからないのですが、とにかくダメなのです。

なので、さっさと今読んでいる本を読み終わってしまいたいのですが、私、絶望的に本を読むのが遅くて。
そもそも、夜の自由時間もほとんどをTwitterやブログやスマホゲームに費やしてしまっているので、読書のために確保する時間が短いということもあるのですが。

本を読む時、他の人がどんな風にして読んでいるのかはわかりませんが、私は字面を追いながら、情景を薄ぼんやり想像しつつ、その世界にどっぷり使った気になって読み進めます。
というか、そうでないと、全く頭の中に入ってこないのです。
たまに、少し別のことに気を取られながら、字面だけ追ってしまって、数行(数頁)進んだところでハッとすると、その間のことが全く頭に残っていないのです。
それで、慌てて数行戻って読み返す・・・と。

そんなことを繰り返しているのでそもそもの進みが遅いし、また、頭の容量に多少の余裕がある時しか、本を読めません。
なんというか、頭の体力を酷く消耗するのです。
なので、なんとなーくで読むのではなく、「読むぞ!」ってちょっとスイッチを入れてからじゃないと、読めない。

それでも、読書は昔から好きで、独身時代はカバンの中に文庫本が入ってないと落ち着かないくらいのレベルではありました。
今みたいにスマホもなかったし、電車での移動中やちょっとした待ち時間は本を読んで潰していました。

この読み方は、小説とかだけじゃなくて、あらゆる文章を読む時に適用されている気がします。
なので、情景が想像しにくい文章は苦手だし、不意に長文を読むのも苦手です。
「読むぞ」って思っておかないと、早々に集中力が途切れてしまい、結局何が書いてあるかを理解できないで終わってしまうのです。

これって、声に出して読む場合も一緒で、字面だけ追いながら声にして垂れ流すことができるので、声に出して読んだはずなのに、内容が一切頭に残ってない、なんてこともあり得ます。
なので、できれば声に出して読む前に、一度黙読しておきたい。
そうじゃないと、内容を理解できない。
簡単な文章ならいいのですが、少し難解な文章になると、声に出しながら中身の情景に思いを馳せることができなくなるので。

これって、みんなそうなのかな?
私だけなのだろうか?
身近なところで、旦那さんはすごく本を読むのが速いんですよね。
どこまで内容を理解してるのかは謎ですが。
もしかしたら、本を読んだ時の理解の仕方が違うのかもしれないし、美術畑の人なので、文章から情景を紡ぐまでの時間が、私よりもかなり早いのかもしれない。
人の頭の中は覗けないので、想像でしかないけれど。

ああ、早く読みたいなぁ。
あの本には、どんな世界が広がっているのだろう?
先に読んだ人たちが、こぞってブログやTwitterで賞賛してて、読みたい気持ちだけが先走っています。
アカン、気が散ると、余計に読む速度が遅くなる。

多分、読んでる途中で浮気できないのは、その本を読んでいる間は、その本の情景の中にどっぷり浸かっているからなのだと思う。
その本を読み終わって、よっこらしょとこちらの世界に一度戻ってきて、新しい本の扉を開けて、こんにちはー、と浸っていく・・・。
ここで、ずぶずぶと浸っていけない本だと、途中でギブアップしてしまうのだけど、とりあえずその心配はまずなさそう。
それどころか、浸りきってしばらく帰ってこれなくなりそう。

あぁ、楽しみだなぁ・・・。


それでは。

Twitterが重いようなのだけど、画像の読み込み速度がまるで私のようになっている。